サターンユーザーならプレイ必須作品ですが、恥ずかしいことに先日やっとプレイしてクリアしました。
点数をつけるなら10点満点中10点です。
シェンムーと同じ3D空間上のキャラクターを背後からのカメラ視点で操作するタイプのRPGですが、カメラワークやカット割り、モーションなどはハードが2世代進んだ現在のゲームと変わりありません(最近のゲームをやらないので知らないだけかもしれないが)。ハードの性能によるところ以外は今でも遜色ないと思います。カメラワークはガンダムやマクロスで見たことあるようなのもあるので30年前から基本は変わっていないのかもしれませんが。
一番気に入ったのは戦闘システム。元がシューティングゲームだけあり位置取りバトルはシューティングゲームっぽいです。ダメージを喰らう間もなく敵を速攻で倒してExcellent評価を狙うも良し(全ての敵で狙えるらしい)、敵の必殺技みたいな攻撃をわざと喰らって演出するも良しです。
この名作をなぜ当時プレイしなかったのか言い訳を考えてみると、たぶん他にも注目タイトルが多かったからだと思います。ざっと同時期の注目タイトルを挙げてみると結構あったりします。
1997年
10月30日 カルドセプト
11月13日 デビルサマナー ソウルハッカーズ
11月20日 Jリーグ プロサッカーチームをつくろう!2
12月04日 この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
12月11日 プリンセスクラウン
12月11日 シャイニング・フォースIIIシナリオ1
12月18日 グランディア
1998年
1月22日 センチメンタルグラフティ
1月22日 サウンドノベル 街
1月29日 AZEL -パンツァードラグーン RPG-
1月29日 仙窟活龍大戦カオスシード
2月19日 プロ野球チームもつくろう!
2月26日 バーニングレンジャー
参考:セガサターンのゲームタイトル一覧 - Wikipedia
10月30日 カルドセプト
11月13日 デビルサマナー ソウルハッカーズ
11月20日 Jリーグ プロサッカーチームをつくろう!2
12月04日 この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
12月11日 プリンセスクラウン
12月11日 シャイニング・フォースIIIシナリオ1
12月18日 グランディア
1998年
1月22日 センチメンタルグラフティ
1月22日 サウンドノベル 街
1月29日 AZEL -パンツァードラグーン RPG-
1月29日 仙窟活龍大戦カオスシード
2月19日 プロ野球チームもつくろう!
2月26日 バーニングレンジャー
参考:セガサターンのゲームタイトル一覧 - Wikipedia
おそらくこのときがセガサターンの全盛期。1998年の年末にはドリームキャストが発売されますが、まだセガサターンで頑張れた気がします。
以下ネタバレ含みます。
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どうやらこのゲームのエンディングにおけるメタ(メタ的とかメタフィクションとかメタ視点とか言われてる)について賛否両論があったらしいです。
エンディングの該当場面をAAにするとこんな感じです
主人公エッジは自分が乗っているドラゴンが「絶対の客人」だと思って最後の舞台へ赴くのですが、そこでようやく自分の魂と同化している存在(プレイヤー)がいてその存在(プレイヤー)こそが「絶対の客人」だと気づきます。上のAAはそのシーンです。
映画にもなってる『ネバー・エンディング・ストーリー』もこんな感じのメタ表現がありました。
このシーンには2つのメタが存在します。
(1)「さあ、ボタンを押してくれ」と現実世界に触れる
(2)主人公エッジのカメラ目線
(1)についてが賛否両論なのだと思います。イメージを画像で表すと「さあ、ボタンを押してくれ」と言われる前が左のイメージで、言われた後が右のイメージです。
プレイヤーは物語の中に入り込んでいたのに、一気に現実に戻されてしまう。現実に戻るのは別に嫌ではなく、まだスタッフロールも流れていないし、その後の余韻も楽しんでない。現実に戻すのが少し早すぎたんじゃないかとは思います。
(考えてみるとスタッフロールってメタ情報満載だね)
(2)のメタについて自分は許容範囲です。
『パンツァードラグーンRPG』は主人公が喋るタイプのRPGです。喋るタイプのRPGでは、主人公=プレイヤーではなく、主人公は自我を持っており自らの意思で行動し、能動的に物語を進めることができます。その表れとして「喋る」という行動が出てくるので喋るか否かでRPGはタイプわけされるようです。
それじゃあ、主人公≠プレイヤーとして、プレイヤーは物語の世界においてどういう存在なのか? プレイヤーと主人公の関係は? という疑問を持ってプレイしてました。
その疑問の答えが、「絶対の客人」という物語に欠かせない重要な存在をプレイヤーに与え、そして主人公との関係を「そうか、君が僕の中に…」と提示。
自分が抱いた疑問の答えがちゃんと用意されていたことに満足しています。
【余談1】
アメリカでも『Panzer Dragoon Saga』というタイトルで発売されてるそうな。アメリカの声優はどんなものかと気になってYouTubeの動画を見たら、なんと音声は全部日本語版と同じ。字幕を英語に差し替えているだけでした。
アメリカの人は冒頭と最後が日本語ではなくパンツァー語になっていることに気づき、それでもってなぜ言葉が違うのかその演出意図にも気づいたのかなぁと思ったりした。
【余談2】
言葉が分からなくなってしまうことで物語からの離脱を表現するというと「ニルスのふしぎな旅」を思い出します。
ガチョウに乗ってる姿もなんとなく似てる。
【余談3】
上の方でケースの裏の画像を載せましたが、左下の方をよく見ると『●「RPG」はバンダイの登録商法です。』と記載されています。
しかしバンダイが商標を持っているのは正しくは「R.P.G」とコンマ付きだったりします。
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どうやらこのゲームのエンディングにおけるメタ(メタ的とかメタフィクションとかメタ視点とか言われてる)について賛否両論があったらしいです。
エンディングの該当場面をAAにするとこんな感じです
主人公エッジは自分が乗っているドラゴンが「絶対の客人」だと思って最後の舞台へ赴くのですが、そこでようやく自分の魂と同化している存在(プレイヤー)がいてその存在(プレイヤー)こそが「絶対の客人」だと気づきます。上のAAはそのシーンです。
映画にもなってる『ネバー・エンディング・ストーリー』もこんな感じのメタ表現がありました。
このシーンには2つのメタが存在します。
(1)「さあ、ボタンを押してくれ」と現実世界に触れる
(2)主人公エッジのカメラ目線
(1)についてが賛否両論なのだと思います。イメージを画像で表すと「さあ、ボタンを押してくれ」と言われる前が左のイメージで、言われた後が右のイメージです。
プレイヤーは物語の中に入り込んでいたのに、一気に現実に戻されてしまう。現実に戻るのは別に嫌ではなく、まだスタッフロールも流れていないし、その後の余韻も楽しんでない。現実に戻すのが少し早すぎたんじゃないかとは思います。
(考えてみるとスタッフロールってメタ情報満載だね)
(2)のメタについて自分は許容範囲です。
『パンツァードラグーンRPG』は主人公が喋るタイプのRPGです。喋るタイプのRPGでは、主人公=プレイヤーではなく、主人公は自我を持っており自らの意思で行動し、能動的に物語を進めることができます。その表れとして「喋る」という行動が出てくるので喋るか否かでRPGはタイプわけされるようです。
それじゃあ、主人公≠プレイヤーとして、プレイヤーは物語の世界においてどういう存在なのか? プレイヤーと主人公の関係は? という疑問を持ってプレイしてました。
その疑問の答えが、「絶対の客人」という物語に欠かせない重要な存在をプレイヤーに与え、そして主人公との関係を「そうか、君が僕の中に…」と提示。
自分が抱いた疑問の答えがちゃんと用意されていたことに満足しています。
【余談1】
アメリカでも『Panzer Dragoon Saga』というタイトルで発売されてるそうな。アメリカの声優はどんなものかと気になってYouTubeの動画を見たら、なんと音声は全部日本語版と同じ。字幕を英語に差し替えているだけでした。
アメリカの人は冒頭と最後が日本語ではなくパンツァー語になっていることに気づき、それでもってなぜ言葉が違うのかその演出意図にも気づいたのかなぁと思ったりした。
【余談2】
言葉が分からなくなってしまうことで物語からの離脱を表現するというと「ニルスのふしぎな旅」を思い出します。
ガチョウに乗ってる姿もなんとなく似てる。
【余談3】
上の方でケースの裏の画像を載せましたが、左下の方をよく見ると『●「RPG」はバンダイの登録商法です。』と記載されています。
しかしバンダイが商標を持っているのは正しくは「R.P.G」とコンマ付きだったりします。
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