昔はゲームの発売日とか気にしていなかったが、今調べてみると色んな事実が分かって面白いことに気づいた。


◆「たけしの挑戦状」発売前日にフライデー襲撃事件
 1986年12月09日:フライデー襲撃事件
 1986年12月10日:「たけしの挑戦状」発売
 普通なら自粛して発売延期だろうが、前日では対応できなかったのか。


◆ドラクエ1からドラクエ2発売まではたった半年
 1作目:1986年5月27日、512kbit
 2作目:1987年1月26日、1Mbit
 3作目:1988年2月10日、2Mbit
 4作目:1990年2月11日、4Mbit
 1と2の間が半年しかない。あと、容量が倍倍になっているだけでなく、実は発売間隔も半年→1年→2年と倍倍になっていたりもする。ただしこの法則は5作目で崩れる。


◆[追加]ファミコンの発売はアタリショックの約半年後
 アタリショック(Video game crash of 1983)は1982年のアメリカ年末商戦のとき。ファミコンの日本での発売は1983年7月15日。
 アタリショックはアメリカのことなので日本での影響はあまりなかっただろうが、花札屋の任天堂にとってはかなりの大博打のはず。任天堂はアタリショックについてかなり研究してたらしく、「アタリショック」という言葉を作ったのは任天堂という説もある。


◆PCエンジンとマスターシステムは同じ月に発売
 1987年10月30日:NECがPCエンジンを発売
 1987年10月某日:セガがマスターシステムを発売
 マスターシステムの正確な発売日は不明だが、同じ1987年10月の発売だったりする(参考:[セガハード大百科] マスターシステム)。つまり、他のハードの発売日に新ハードの発表や発売をぶつけたりするのは当時からあったらしい。
 ちなみに、このちょうど一年後にセガはメガドライブを発売。その時は任天堂がスーパーファミコンの発表をしている(実際の発売は更に2年後の1990年)。


◆将棋の竜王戦はドラクエよりもあと
 読売新聞が主催している将棋の竜王戦は1988年からのもの。よってドラクエよりもあと。
 で、羽生善治氏が19歳で竜王なったのが1989年。このとき「竜王戦の賞品って世界の半分なのか?」と思った人が多分いたはず。


◆ソニックの発売はアメリカの方が先
 日本が1991年7月26日、アメリカが1991年6月23日。日本で制作しているから日本の方が先だと思われているが、アメリカの方が先。理由は知らない。
 任天堂のWiiもDSもアメリカの方が先に発売されたが、これはアメリカの年末商戦に合わせたため。
 (修正:アメリカの発売日が一日間違えていたのを修正しました。ちなみにソニックの誕生日はアメリカでの発売日ということになってます)


◆プレステの発売にぶつけられたセガの秘密兵器
 メガドライブの拡張装置「スーパー32X」の発売日はプレイステーションと同じ1994年12月3日。発売日にぶつけたところで何の影響もなかった。